女子生徒達は絶え間なく二人へ話しかけてくる。
よくもそんなにポンポン言葉が出てくるものだな
口元に薄笑いを浮かべる美鶴へは、無言の抗議が視線で送られる。
二人はそれなりに応対していたが、常に美鶴へも声をかけてきた。
山脇などはどうにかして美鶴を会話の輪の中へ入れようと気をかけてくれているようだったが、美鶴の返事は常に素っ気ない。美鶴には会話に入る気がないし、女子生徒たちとしても入れたくないのだから、山脇のしている事は所詮無駄なことである。
だが山脇も聡も、最後まで美鶴から離れなかった。
完全に孤立させてくれれば抜け出せるチャンスもあったのに・・・
二人の態度は、美鶴には迷惑でしかなかった。
騒がしい集団と一緒に登校して、朝から気分が優れない。だが、それは朝だけでは終わらなかった。
三人で登校したという情報は、一時間目が終わる頃には学校中に広まっていたのだ。
「あなたが大迫さん?」
言葉は丁寧だが、口調は鋭い。二時間目の予習に教科書を開いていた美鶴は、視線を上げた。三人の女子生徒が美鶴の机を囲んでいる。
「話があるので昼休みに中庭まで来てください」
有無を言わせぬ態度。三年生かもしれない。リーダーだと思われる一人が美鶴を冷ややかに睨むと、しっかりとパーマのかけられた髪を翻して去っていく。
良家の子女が通う名門校だけあって、表向きに素行不良な生徒はいない。だが、親の持つ社会的地位や財力で校内に権力を広げてくる者はいる。大概は横暴で、しかし表には出さず、その分やることが陰険だ。身体ではなく精神的に傷つける。
学校は認めないだろうが、いじめも存在するのだろう。
美鶴は三人の後ろ姿へ侮蔑の視線を投げてやった。山脇か聡にのぼせているのだろう。当然、行くつもりなどない。
登校してからずっと、授業中も視線を感じる。
「何であんな女と山脇くんが一緒にいたワケよ?」
「しかも結構親しげに話してたってよ」
「中学が同じだったんだって」
「金本くんなんか幼なじみだって」
「ひょっとしてあの女、私たちにみせびらかしてんじゃないの?」
「両脇に男侍らせて登校かよ。いいご身分だぜ」
「私達のことバカにした様に見てるクセに、自分だって男好きじゃん!」
なんでそうなるんだ!
教科書を握る手がワナワナと震える。
お前たちと一緒にするな!
そう叫びたいのを必死に抑える。だが、苛立ちは積もっていく。
周囲が私を侮辱している。バカにしている。嘲嗤う。蔑む。
私は嗤われている。
息苦しさを感じた。笑い声が自分を押しつぶそうとしている。
あいつはバカだ
能無しだ
くだらない
―――違う!
頭の中で哂い声がする。
美鶴 あなたって本当にバカね
聞き覚えのある声が、カラカラと嗤った。その声に、男の声が重なる。
噛み締める唇から血の味が滲む。
許さない 許さない
私をバカにするヤツはみんな許さない。学力だって、貧しいのだって、いつかみんな見返してやる。誰にもバカになんかされない。
六時間目の授業が終わるのと同時に、朝の三人が再びやってきた。だが美鶴が睨み返すと、三人とも絶句。
鞄をもって教室を出た。
美鶴の勢いに気圧された三人は、言いたいことも言えずにその姿を見送る。そして、美鶴が見えなくなると口を開いた。
「なんなのよっ!」
「上級生に対して失礼だわ」
それを聞いて、少しだけ気が晴れた。
お前達のようなくだらない人間を相手にするほど、私は愚弄ではない。
心内で背後に一瞥を送り、胸を張って歩き出す。だが、その足が一瞬止まった。
一瞬だけ
それだけで、また再び歩き始める。
目の前から迫り来る視線をまっすぐに受け、唇をかみ締める。擦れ違いざまに軽く頭を下げる。
相手はそれに気づかなかったのか、何事もなかったかのように過ぎてゆく。
背後で誰かに声をかける。まるで、美鶴などその場に居なかったかのように………
だが、むしろ美鶴はほっとした。
「あっ 教頭先生」
先ほどの上級生の甘ったるい声が廊下に響いた。それに呼応するかのように、浜島の声も柔らかだ。決して美鶴にはかけられることのない声。
その場から遠ざかるにつれて、掌に汗をかいていた自分に気づく。
無視された方がマシだ。何か嫌味を言われるより、その方が楽だ。
山脇や聡と一緒に登校したという噂は、職員の間にも広まっているだろう。校内の出来事に目を光らせている教頭の浜島なら、知らないはずはない。
擦れ違いざまに嫌味の一つでも言ってくるのだろうと思っていた。
だが考えてみれば、男子生徒と一緒に登校をしたからといって、美鶴を退学にできるワケではない。
ヤツにとっては、さして面白くもない話題なのかも。
……… 退学
美鶴は、立ち止まりたいのを堪えた。
あの覚せい剤は、ヤツの仕業なのか?
駅舎で向けられた、眼鏡の奥の瞳が光る。何を考えているのかわからない。
わからない………
眉間に指を当て、小さく息を吐く。
とにかく、ここは疲れる。はやく出よう。
そう思うと、自然に歩調は早くなった。
だが、それも校門まで。
校門で山脇の姿を見るや、思わず足を止めた。狼狽する心の内が、不本意ながらも顔に出でしまう。
数人の女子生徒を相手に校門に凭れる彼は、午後の陽射しの中に柔らかく溶け込んでいる。長身なのに威圧感を与えないのは、気品すら感じさせるその微笑のせいだろうか?
美鶴の姿を見つけると、手を上げて笑った。
|